「足るを知る」に感謝する

すべてにおいて、「使い捨てをなくせたらいいのになー」とぼんやり考えながら、この記事を書きました。

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「あるところは増え、ないところは減る。」

みたいな内容の事が、確か聖書に書かれてあったのではないかしら・・・と、思い出そうとしましたが、思い出せませんでした。

この内容は確か、

「お金持ちにはさらにお金が与えられ、お金のない人にはさらにお金が減らされる。」

みたいな解釈だった・・・ような気がするのですが、誰かご存知ないでしょか・・・。

 

もっともっと もっともっと

人間の多くが、基本的に「もっともっと!もっともっと!」と求めるものです。

それがあるからこそ、あらゆることが発達・発展してきたはずです。

俺で言えば、

      1. もっとかっちょいい音楽を
      2. もっと短時間で大量に作って
      3. もっとたくさんの人に
      4. もっと長時間聴いてもらって
      5. もっともっとライブやって
      6. もっともっと機材を充実させて
      7. もっともっともっと練習して
      8. もっともっともっともっとかっちょいい音楽を・・・

    などなど。などなど。エンドレス。

    巷の企業は、もっと多くの商品をもっと多くの顧客に売りたい。

    なので、街を歩けば広告に当たるし、恐ろしいほどの大量消費社会に慣れ、不必要なものを”買っては捨て”を繰り返し、災害レベルの猛暑に各家庭がエアコンで立ち向かっているのであります。

     

    人生を変えた〇〇

    大切なモノは大切にしたいものです。

    大切にするモノは、多いより少ない方がより大切にできるのではないかと思います。

    そもそも、大切なモノとは少ないものです。

    「あなたの人生を変えたミュージシャンは誰ですか?」

    との問いに、もしも俺が100名のミュージシャンを挙げたら、全然値打ちないですよね?

    「あなたの人生を変えた小説は?」「映画は?」「絵画は?」「友達は?」「センセーは?」

    の質問には、やはり「究極」を1つ挙げて、熱く語るほうが伝わるというものです。

     

    大切なモノ

    人間規模で言うならば、理想論も含めて、もっとも大切なモノは「命」ということになるでしょう。

    その「命」を「継続」させるためには、「健康」が含まれているだろうし、「仕事」が含まれているだろうし、「宗教や信仰」、「余暇・趣味・休日」、「家族・友達・恋人」も含まれているでしょう。

    もっと大げさに言えば、人間にとって最も大切なものは「やっぱり平和っしょ?」ということになるかもしれないし、最大級に大げさに言えば「地球」ということになるでしょう。

    「命」の継続には「地球」は不可欠ですが、その「地球」と「人間」を人間が苦しめているのが現実です。

     

    地球の知らないところで・・・

    俺は音楽をやっていて、毎月第2金曜日には新宿SACT!というライブハウスでソロライブをやってます。

    その事実を知る人間は、世界規模で言うとほとんどの人が知りません。

    と同じように。

    俺が今履いている、ファストファッション製品はインド産のコットン100%で作られています。

    俺はインドの綿農家の”問題”を知りませんでした。

    http://acejapan.org/cotton/childlabour

    https://hushtug.net/note/cotton-current-status/

    これらの情報の信憑性はわかりませんが、

  • 児童がめっちゃ働かされていて、
  • 農薬をめっちゃ使っていて、
  • 借金しないと農家をやっていられなくて、
  • 自殺

というフローがありまっせ、と聞いて、

「ふーん。へー。俺には関係ないし。安いほうがいいし。」

といった消費を続けないようにしたいな。

と思いました。

理想主義者の偽善、でしょうか。

人間にとって大切なはずの「地球」のどこかで、そこそこエグい「現実」がある。

ちょっとスケールがグローバルでワールドワイドではあるけど、これに似たようなスケール縮小版は日常生活にたくさんあるのではないでしょうか。

つまり。

見て見ぬフリ、ってやつが。

 

現実と理想

例えば。

憧れのアイドルグループに入った女の子が壊れていくサマを、近くにいる大人たちは「見て見ぬフリ」しています。

ダイエットして美容整形して、こそこそ隠れて恋愛したり、しょーもないおっさんに媚びながら「アイドル」という世界にしがみついて、時代の消費スピードに取り残されて終わっていく女の子がたくさんいます。

「でも、それは自分が決めた道だから。自分の責任だから。実力社会だから。」

と大人は言うけど、それでいいのかね?

俺が抱く罪悪感を偽善と笑うのかね?

俺は、使い捨てにされる可能性の高いアイドルグループに楽曲提供するためのコンペ情報を今後受け取らないことにしました。

使い捨てにされるのはアイドルの女の子だけでなく、俺が作った音楽もまたしかり、なのであります。

時代がどうであれ、俺は使い捨てを極力やめる努力をすることをここに宣言しよう。

自分を報いることにもつながるような気がします。

 
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あるところは増え、ないところは減るのなら・・・

冒頭のこれ。

聖書のフレーズであってほしいし、神の知恵であってほしいな、という期待を込めて俺なりの解釈を。

解釈①.「感謝する」

俺がもし、ギターを欲しがるとします。

「あー。ギター欲しー。もっと欲しー。」

この、

「欲しー。」

という感情はつまり、

「ギターがない!ギターが足りない!」

というふうに解釈できます。

つまり、

「ない!足りない!」

と、感情をばらまいていることになります。

「ギターがないところ。」

は、

「ギターが減らされる。」

のです。

実際、俺は必要なギターは既に所有しています。

実戦で必要な楽器・機材は持っているのです。

要望あらば、明日にでも武道館でギター弾けます。

なので、

「あー感謝なこっちゃ。持ってるもんね。恵まれているなー俺。大切にするわ!」

という感情を抱いたらどうか、ちゅーハナシ。

つまり、

「ある!足りている!」

ということです。

すると、

「あるところは増える」

ので、おのずと俺のもとに素敵なギターがやってくる。

「おー。感謝なこっちゃ。俺は恵まれている。嬉しいなー。」

という感情を抱いたら・・・。

この解釈は、仕事やお金、人間関係にも当てはめられる解釈ではないか、と思います。

解釈②.「与える」・「与えられる」

モノでもゼニでも、下心なく誰かに対して何かを与える時。

俺の場合なら楽曲とか、歌い手として歌ったり、ギタリストとしてギターを弾くこと、とか・・かな。

その時、

「あーもったいない。損した気分。めんどくせーくだらねー。」

として与えるのか、それとも、

「喜んでくれたらいいなー。嬉しいなー。」

という気分で与えるのか。

理想はもちろん後者でしょう。

すると神はおそらく、

「もっと多くのモノや人を喜ばせなさい!」

ということで、より多くのモノやゼニ、俺でいうと楽曲などを与えてくれるでしょう。

その逆もしかり。

誰かから何かを与えられる時、

「ん?こいつ、あやしいぞ。何か下心があるのでは??気をつけよう。」

という気分で与えられるのか。

それとも、

「うわー嬉しいわーありがとう!」

という気分で与えていただくのか。

理想は言うまでもなく後者でしょう。

そして神が働く対象もまた、言うまでもなく後者でしょう。

 

足るを知る

俺にあるもの。

それはおそらく、「すべて」であろうと思います。

もはやすべてある。

物質的にも。健康面においても。音楽に対しても。

でもやっぱり、あれやこれやと欲しがります。

だから増えず、おまけに減らされているのかも。

あるものすべてを1つずつ並べて、そして眺め、

「足るを知る」

を実感したいなと思います。

現実的に、俺の理想とする音楽を作るためにはまだまだ制作環境(音楽の機材など)をグレードアップさせたいと思っています。

もっと音楽を聞きたいし、練習をしたいし、多くのライブを観て、多くのミュージシャンと交流したい。

それはそれなりに本心でもあるけど、既に与えられているモノや人、環境や境遇に感謝したいと思いました。

今あるモノで、今そばにいる人と、今の環境でできうる限りのことをやって、規模関係なく楽しく、感謝を持って音楽を続けていきたいと思いました。

モノや人、そして感情は使い捨てにしたくない。

もちろん。されたくもない。

そのためには、

「すぐに捨ててしまうようなモノや人、環境や感情から正しく遠ざかる」

ということも必要なのかもしれません。

 

大切にしよう

しょーもない虚栄心や自尊心たっぷりのSNSで気を使いながらコソコソとカラみあうよりも、大切な大切な親友とのかけがえのない時間を。

インターネットの空っぽなリライト情報や、人の好奇心を不幸な出来事で刺激しようとする悪質でゲスな特ダネニュースよりも、味わい深い小説を。

ダラダラと無駄時間をたっぷりと与えてくれるすっからかんなyoutubeよりも、とっておきの映画を。

ストリーミングで垂れ流される大量の”音のようなモノ”よりも、目の前で演奏されるその一瞬の音楽を。

叶わぬ夢に嘆くよりも、夢を抱く喜びを。

世間や他人の常識よりも、たった一度の人生を生きる男としての、たった一つ夢を。

 
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akira yoshida
吉田あきら ギタリスト・ソングライター・シンガー 毎月第二金曜日 ライブハウス新宿SACT!でワンマンライブを行っています。

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